野村秋介の素顔
(其の壱)
大日本朱光会 会長 阿形充規先生
正気塾機関紙 「月刊 正論タイムス/故 野村秋介先生特集号(平成6年)」より抜粋いたしました
関係諸氏の皆様に、この場を借りて心より御礼申し上げます。
<夏の銀座の思いで>
銀座通りで風鈴の音色に耳を引かれ野村大兄が風鈴を二つ買った。
一つを私に手渡し「いい音色だよ」と言った。
その時の野村大兄の優しげな顔と、風鈴の音色が今でも目を瞑ると
かすかに脳裏に浮かんでくる。
<秋の銀座の思いで>
クラブで飲んだ帰り道、鈴虫を売る屋台の前で立ち止まり
「虫は自然の中で鳴くから情緒があるんだ。籠の中で可哀相だな放してやりていよ」
と言った。
私は
「放してやっても餌がなくては死んじゃうよ」
と応えたら
「二籠頂戴よ」
と言って一籠を私に手渡し
「餌を与えて大事に飼ってくれよ」
と言った。
これも「一寸の虫にも五分の魂」という野村大兄の優しい心の表れだろう。
<冬の銀座での思いで>
私はお酒は不調法だが時より野村大兄と銀座などで飲み歩いた。
高級クラブでほろ酔い気分で表に出た野村大兄は、目に映った屋台の餅焼き叔母さんに
「寒いのに大変だね、お餅を頂戴よ」
と一万円札を差し出した。叔母さんが幾つ渡せばよいのか戸惑っていると
「二つでいいんだよ」
といって二つ受け取るといきなり一つを私に食べろと手渡して、銀座の店のはね時の人通りの多いところを気取りもせずに餅を頬張りながら歩き出した。
私は
「おいおいここは銀座のど真ん中なんだぞ」
と思いつつ恥ずかしい思いをしながら付き合ったが、この時野村大兄は、決して餅など食べたかったのではなく、
寒い中お餅を売っている伯母さんに対する優しい思いやりであったのであろう。